電波塔

21世紀型スノッブを目指すよ!

魅惑のニッポン木版画

 横浜美術館で開催されている「魅惑のニッポン木版画」展が非常に良い展覧会だったので、少しでも観ようという人が増えれば良いな、と感想を書いていく。
 ここのところ私は浮世絵への関心を高めているものだから、それ以降の流れを俯瞰するものとしてのこういった展覧会が催されることを知って、とても惹かれたのだ。みなとみらいは近くはないけれど、それでも行くことにした。その期待を遥かに上回っていたから、行った甲斐があったというものだ。
 江戸末期から現代まで、約150年の歴史をぐっと濃縮して見せられて、その間の木版画というものの立ち位置や様式やの変遷の激しさには目が回りそうになったけれど、いずれの時期にしても創意に溢れた作品ばかりだった。個々の作品について語り始めるとキリがなくなるので、どう書き進めようか困っているのが正直なところだ。

 これだけたくさんの、浮世絵以外も含めた木版画を観る機会というのはそもそも少ない(町田には国際版画美術館があるけれど、そうでない美術館の展示としてこういった展示が企画されることとなると)。それでも特に、展覧会の意図としては次のような点があるように見えた。

  1. 木版画が日用品としても身近な存在であった時代と、基本的に美術品として制作されるようになった時代とを対比する。
  2. 主軸は日本に置きながらも、海外(といってもおもに西洋)との相互の影響を見せる。
  3. 比較的埋もれがちな立ち位置の作家たちを紹介する。

木版画の立ち位置の変化について

 同じ図案の複製をたくさん作ることができる錦絵が日用品の部類であったことは、広く知られている。そういった日用品としての木版画、千代紙やカルタなんかが序盤ではたくさん展示されていた。竹久夢二とか吉田亜代美の仕事をそういう江戸時代の日用品木版画の流れとして捉えようとしていたのも目を引いた。木版画は明治辺りまでは報道などにも使われていたし、小説の挿絵なんかにも木版画が使われていたりした。展示されていた小説の挿絵は驚愕するほかない技術的水準で、コピックで引いたみたいに細くて軽やかな線を実現している。
 けれども段々とほかの印刷技術に押されていって、木版画は一時下火になる。それから再興した木版画は基本的に、たくさんのコピーを作ることができる印刷手段というよりは、美術的な表現手段という観点から用いられることが多くなる。その結果として、木版画ならではの質感をより反映したものを作ろうという意図が覗くようになり、版画のすべての段階を作家が一手に担うようになるという変化が生じた。錦絵のような緻密さは見られなくなった一方で、べったりとした塗りや彫刻刀が作るソリッドな力強い線を活かした作品が多くなる(そういった変化だけで捉えるのは少し乱暴だけれど)。

日本の木版画と海外

 江戸時代の浮世絵の陰に隠れがちだけれど、明治時代にも優れた浮世絵師は何人もいる。彼らは文明開化で変わりゆく人々や街並みを捉えていて、その技法や画材に関しても、輸入したものを伝統の中に織り込んで新鮮な作品を制作している。
 また、浮世絵への憧れが昂じて日本にまではるばるやってきた西欧人たちもいた。錦絵の伝統的なスタイルを学び・実践した彼らの作品からは、このジャンルへの深い敬意が感じられる。
そして世界的な評価を得た戦後の作家たちによる作品。解説によれば「版画を日本画や油彩画よりも一段低い美術と見なしてきた日本の美術界にとっては、木版画が国際的な評価を受けたことは驚きであった」そうだ。浮世絵のときもそうじゃないか……。それにしてもこの展示室の作品は創造力の溢れる作品ばかりでゾクゾクさせられた。
 「ニッポンの木版画」という展覧会だけれど、そこに絞ったからこそ、逆にこういった国際的な関係が浮き上がってくるようになっており、面白かった。

木版画の埋もれがちな側面

 そもそも木版画というジャンル自体が少しマイナーな感は否めない。小学校の授業なんかで作った経験はあっても、作品を観る機会というのは案外と少ないのではないか。
 例えば先述の明治期の浮世絵師だとか、海外から来た絵師の作品などは、江戸時代のものに比べればぐっと知名度が落ちる。作品として見劣りするものではないのだけれど。 戦後の作家たちにしてもまだまだ知られていない人は多いし、そういった面にも光を当てるような展示になっていた。

現代の作家たち

 最後の展示室では比較的大きなスペースを使って四人の現役作家たちの作品が紹介されていた。
 いずれも優れた作家だと思ったけれど、桐月沙樹という人の作品に特に惹かれた(http://kirizukisaki.com/works.html#01から見ることができる)。一見すると木目をこういう風に利用するのはシンプルなアイデアな気もするけれど、でも見れば見るほど、木の模様と彫られた図柄との不思議な溶け合い方に引き込まれてしまった。

でも本当に言いたいのは、単に「興味深い展示だった」っていうだけじゃなくて、これらの木版画が本当に強く感情を揺さぶってきたり、感性への良い刺激を与えてくれたということだ。